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2011年3月20日日曜日

ドラッカーについて語る~齋藤貞之先生退官記念講義


この3月はめまぐるしく様々なことがあり,貴重な体験をしました.3月11日に東日本を襲った大震災もあり,その痛ましい危機的状況の中で Twitter をはじめとするネットワークが目覚ましい働きをしました.翌3月12日にはプライベートワークショップを開催しました.幸い参加者は震災の影響を受けていませんでした.さらに3月19日には教育システム情報学会研究会で初めて発表をしました.これらについても,いずれは語っていこうと思っています.

そんな中,3月20日に私が尊敬する齋藤貞之先生が退官記念講義を行ないました.ちょうど私自身が研究の方向性について思い悩んでいた中で,齋藤先生の講義は,一筋の,いやまばゆい光明に思えました.今回はそれについて語っていきたいと思います.


まず最初に,齋藤先生が自身の研究テーマであるドラッカー(Peter Drucker)に強い関心を持つに至った経緯から,講義は始まりました.齋藤先生は大学生1年生のときに,当時の流行だったマルクスに関心を持ちます.先輩に勧められてマルクスを読んでみて「目からウロコが落ちた」そうです.しかしそれ以上に関心を持ったのが,マルクスが批判しているヘーゲル,カントなどの思想でした.その話を先輩にすると「なぜマルクスが批判する考え方を支持するのだ」となじられ,後に当時の社会がマルクスを賞賛することについて疑念を持つようになります.「私はヘーゲルやカントを純粋に面白いと思う.なのに,なぜみんなはそれらを拒絶するのだろうか」と.だからこそマルクス以外を精力的に読むようになっていきます.そんな中,出会ったのがドラッカーの著書でした.ドラッカーの著書には,マルクスを超えた「未来の社会のあり方」が書かれていると齋藤先生は直感したのだそうです.


ドラッカーはユダヤ人系のドイツ人でした.ドラッカーの最初の著書は1939年の「経済人の終わり (The End of Economic Man)」,次が1942年の「変貌する産業社会 (The Future of Industrial Man)」です.当時のドラッカーの問題意識は,本質的にはその後の書籍にも一貫して受け継がれているそうです.齋藤先生が感銘を受けたのはこの時代の書籍でした.
ドラッカーの問題意識は「このままでは社会が崩壊する」という危機感でした.当時はソ連,ナチス,ファシストといった全体主義が盛んでした.ドラッカーがユダヤ人だということもあったのでしょうが,それ以上に彼は自由主義の危機だと考えたのでしょう.


ドラッカーの仮説は,このような全体主義は,レーニンやヒトラー,ムッソリーニといった人物が登場したことによって生まれたのではなく,社会構造そのものが原因となって生まれたのではないか?ということでした.
この仮説がどういうことか,齋藤先生は当時の社会状況を背景に解説しました.
  1. 20世紀以前は,経済活動の中心は個人でした.また,地域のコミュニティも盛んでした.個人は,地域のコミュニティの中で一定の役割を果たして地域に貢献していました.このことで,地域社会は成り立っていました.
  2. しかし19世紀末から20世紀初頭にかけて,巨大企業という組織が急速に発達しました.個人はコミュニティから引きはがされ,組織の中に組込まれていきます.こうなると個人は「根無し草」になってしまいます.つまり,自らが果たすべき役割を見失い,いずれは企業から使い捨てられてしまう状況に陥ってしまったのです.
  3. 民衆がそのような不安にさらされる中,登場したのが全体主義でした.全体主義では個人が自分の役割を考える必要はなく,与えられた一定の義務を果たせば済む社会でした.自由がない代わりに,役割について悩む必要がない,そんな全体主義の方が快いと民衆は錯覚したのです.
ドラッカーは個人の役割を表す表現として function という言葉を用いました.技術者にとっては function といえば機能とか関数とかいった訳語を連想すると思います.個人が社会に対して持つ機能というのは,まさに個人の社会における役割と言えるのではないでしょうか.

だからこそ,ドラッカーは巨大企業の経営のあり方を研究対象としたのだと,齋藤先生は言います.コミュニティにおける個人と同様に,巨大企業も社会に対して役割(function)を明確に定義すべきだというのが,ドラッカーの一貫した主張なのです.
個人が集まった存在である組織を意味する organization という言葉の語源は,生物の器官を意味する organ です.器官と組織には次のような相似性があります.
  • 役割: 生物が生命を維持できるのは,それぞれの器官がそれぞれの役割あるいは機能を果たしているからです.同様に,社会を一種の有機体としてみたときに,社会が社会として機能するためには,それぞれの組織がそれぞれの社会的役割(function)を果たす必要があります.
  • 不可分性: 器官は生物本体と不可分であり,生物から切り離してしまうと意味を持ちません.これはどういうことかというと,器官は生物の他の器官と相互作用することによって役割を果たすことを意味します.同様に,組織は社会と不可分であり,社会的役割を果たすには社会の他の組織との相互作用が必要不可欠です.
このように捉えたときに,ドラッカーが「組織のトップマネジメントの仕事は何か?」という問いを発し続けていることの背景が理解できます.ドラッカーの枠組みから類推すると,組織の中の構成員も,組織に対して役割を持つことが求められます.トップマネジメントも組織の構成員の1人ですから,当然,組織に対する役割を持つ必要があります.組織のトップマネジメントが果たすべき最重要の役割の1つは,その組織の社会に対する役割を明確に定義することだと,ドラッカーは主張しているのです.


では,巨大企業は社会に対してどのような役割を果たせばいいのでしょうか? ドラッカーは3つのことを挙げています.
  1. 社会制度(institution)を守ること.社会制度は必ずしも法制化されたものだけではなく,文化的なものも含みます.コミュニティにおいて,個人は制度を無視することはできますが,無視するとその個人は村八分にあいます.同様に,巨大企業も社会制度を無視することはできません.この原則により,組織は社会に有用なものを生み出すことが求められます.
  2. 巨大企業の構成員それぞれに適切な役割(function)を与えること.個人が生きていくにあたって function は不可欠です.巨大企業がコミュニティから個人を切り離している以上,コミュニティに代わって function を与えてやる必要があります.
  3. 巨大企業の経営者が経営権を持つことについて,正当化できるよう自浄作用を持つこと.巨大企業は構成員の生殺与奪権を持っています.これはかつてコミュニティが個人に対して持った生殺与奪権をはるかに上回るものです.したがって,経営者に据える人は,そのような権利を行使するにふさわしい正当な資質を備えている必要があります.
齋藤先生は最後にリーダーの資質について触れました.経営には,science の側面と art の側面があります.経営学における典型的な science の例は MBA です.一方で,経営には理屈を超えた感性,つまり art の側面が必要であるという説も根強いです.ドラッカーはこの問いに対して「感性は不可欠である.しかし,最後に決め手になるのは integrity である」と述べています.Integrity は辞書を引くと正直,高潔といった意味がまず挙りますが,ここでは「統合」という意味が適切だそうです.ソフトウェアの世界で integration は統合と訳しますが,integrity は integration と関連が深いのです.
では integrity に必要なのはどのようなことでしょうか.ドラッカーは次の5つを挙げています.
  1. 部下の短所ではなく長所を見ること.
  2. 意思決定をするときに,意見の発言主が誰かによって判断するのではなく,発言内容そのものによって判断すること.
  3. 知性の高い人よりも,integrity のある人を重視すること.
  4. 自分より能力の高い部下を退けないこと.
  5. 自らの業績目標を高く設定すること.
以上が齋藤先生の講義内容でした.

私がこの講義を受けて真っ先に思ったのは,ドラッカーの問題意識は,現代の日本における課題の核心を突いているということです.ドラッカーが当初抱いた「根無し草」の仮説は,まさに現代日本で問題になっている無縁社会そのものです.現代日本でドラッカーが注目を集めている理由の1つは,この仮説にあるのかもしれません.
と同時に,当然のことながらドラッカーの生きた20世紀初頭と,現代日本の21世紀初頭では前提条件が異なるので,結論が変化する可能性があるとも思いました.特に現代ではネットワーク技術の発達が著しく,ネットワークを介した新たなコミュニティが生まれています.そういう新たな時代背景をドラッカーが見たとしたならば,どのような理論を構築していくのだろうのかと,興味深く思います.


他に私が疑問を抱いたのは,「役割を果たすには何をすべきか」の議論です.主体を個人に置き換えて考えてみたときに,確かに社会が個人に求める役割を果たすべきだというのは理にかなっているとは思います.しかし,個人には個性があり,社会が求める役割には収まらない部分があると思います.私自身に置き換えれば,私個人の関心事の広がりは,社会が私に求める「大学教員」あるいは「研究者」としての役割では収まらないと実感しています.
ドラッカーは「集中せよ」と説いていますが,集中して切り捨てられる部分がどうしてももったいなく感じるのです.これは企業が選択と集中ではなく多角化を進める傾向があるのにも通じることだと思います.この問題に対するドラッカーあるいは齋藤先生の意見が聞きたいです.

2010年12月25日土曜日

Win-Win 達成の方法論 〜 Value-Based Software Engineering

ではソフトウェア開発において Win-Win を達成するためには,どうしたらいいでしょうか.それを目指しているのが Value-Based Software Engineering (VBSE) です.VBSE の目指す開発は,ソフトウェア開発に関わる利害関係者(stakeholder)全員が Win-Win になるようにすることです.

VBSE の基本理論は4つあります.ちょうどこの4つの理論がそれぞれ理想的に達成されるのであれば,順番に適用すると Win-Win が達成できると主張しています.
  1. Dependency Theory: どんな利害関係者がいるのかを特定する
  2. Utility Theory: それぞれの利害関係者の価値観を見える化する
  3. Decision Theory: 衝突する利害を調整し,方針を決定する
  4. Control Theory: 開発が決められた方針を守っているか,監視する
利害を調整しながら行わなければならないソフトウェア開発プロジェクトは,たいてい無意識のうちにこのように行っているのではないでしょうか?

これらの理論は主に経済学を背景にしています.分かりやすいのは Utility Theory です.みなさん「需要供給曲線」を知りませんか? これは縦軸に商品の価格,横軸に商品の数量をとったグラフで説明されます(下図).合理的な消費者は,価格が安くなると大量に購入し,価格が高くなると少量しか購入しません(図中の赤実線).合理的な生産者は,価格が高くなると大量に出荷し,価格が安くなると少量しか出荷しません(図中の緑実線).最初は価格が高すぎたり安すぎたりします.高すぎる場合は,消費者が少量しか購入しないのに対し,生産者が大量に出荷します.そうすると商品が余るので買い手がつかず,やむを得ず生産者が価格を下げます.安すぎる場合には逆のことが起こり,消費者が価格が高くても買おうとします.これを繰り返すと次第に均衡価格(図中の青破線)で落ち着きます.これは経済学で最初に習うことです.
これは見方を変えると,図中の赤実線は消費者の,緑実線は生産者の,それぞれ商品の価格と数量に対する価値観を表していると考えられます.経済学的な立場では価値観を一種の関数として表すことができると考えられています.複数の利害関係者の価値観をそれぞれ関数として表現できれば,最適な開発方針を選択することは利害関係者の関数からなる方程式の最適解を求めることを意味します.これが VBSE の基本的な考え方になっています.

価値観の関数化などできるのか?という疑問は当然持つでしょう.これはインタビューを通じて行うことがあります.たとえばアイスクリームの価格と数量の需要曲線を求める場合,消費者Aに「アイスクリームの価格が○○円だったとしたら,何個欲しいですか?」というような質問を投げかけます.それを辛抱強く聞き続けるわけです.統計的な方法もあります.価格が変動したときに,どのくらい需要や供給が変化するかを観察する方法です.

ソフトウェア開発においても,何かの懸案事項に対して「こういう条件だったら採用しますか?しませんか?」と利害関係者に聞いて回ることができるでしょう.あるいは会議の場で,ある条件が提示されたときの利害関係者の反応から推察することもできるでしょう.

このように,VBSE によって,すべての利害関係者が Win-Win になるようになるというわけですが,もちろん実際にはそううまくいきません.VBSE の本を読んでも,そんなに理想的にうまくいくとは限らないだろうという指摘をしたくなることが多々あります.現時点ではあくまで理想論だと私は考えます.

しかし,VBSE が提示しているソフトウェア開発のあり方や,それを実現するためのアイデアの数々は,理想的なソフトウェア開発の姿を示唆しているのではないでしょうか.


2010年12月12日日曜日

Software Testing ManiaX vol.4

話題のソフトウェアテストの同人誌 Software Testing ManiaX vol.4 に記事を書きました.

ManiaX の想定読者は品質保証のスペシャリストなので,普通に品質保証技術そのもので記事を書いても私の技術レベルでは太刀打ちできないだろうと考え,変化球として経営学の観点から品質保証の価値を考察しました.

品質保証技術そのものにしか関心のない人にとっては「耳の痛い」「聞きたくない」「聞いたら後悔する」話かもしれないので,タイトルを「世界一受けたくなかった授業」としました.

大晦日のコミケで頒布します.お問い合わせは Twitter: @ikedon さんまで.

2010年11月27日土曜日

Apple 戦略論 Part 2

最近私が気づいた「これって Apple の常套手段じゃね?」という戦略の話をします.

その戦略は次のような流れです.

  1. 第1世代の製品では,わざとツボを外したしょぼい「こんなの誰が買うんだ」的な製品を販売する.
  2. その実製品で市場動向や技術的課題をリサーチする.
  3. 第2世代以降で満を持して本気の製品をリリースして,世間をアッといわせて市場を総取りする.
この実例はとても多いです.最近では Apple TV がこのパターンに該当すると考えています.iPod も2001年に第1世代が登場した当初は散々な評価でした.

変形パターンの戦略は次の通りです.
  1. 隠し機能を仕込んで販売する.
  2. その実製品で市場動向や技術的課題をリサーチする.
  3. 隠し機能を別製品に本格展開する.
この実例としては加速度センサーが挙げられます.iPhone で大々的に取り上げられた加速度センサーは,最近知られたことですが,実はそれ以前に MacBook に隠し機能として搭載されていました.MacBook が落下したときにハードディスクのヘッドを待避するために装備されたのです.当時,既に加速度センサーつきのハードディスクは実用化されていましたが,高級品でした.加速度センサーが装備されていない安価なハードディスクを利用できるようにと,MacBook 本体側に装備したのです.

この戦略パターンで解決する問題は次のようなことです.
  • 前例のない新製品を,いきなり大々的に市場に投入するのは,マーケティング面でも実現技術面にも生産面でもリスクが高い.
  • 一方で,新製品の真の課題を明らかにするには,βテストで得られる情報だけでは足りない可能性がある.
Apple が目を付けたのはキャズムによる時間差です.Apple には固定客として新し物好きの人たちがついています.世間でどんなに酷評されていても新製品に飛びつく熱心なファンがいます.このような人たちが喜んで求めて,かつマジョリティである一般消費者が手を出さないようなスペックの製品を最初に出すのです.そうすることで意図的に市場を狭く設定します.

市場を狭く設定する理由は,大量生産によるリスクを回避するためです.もし最初から大量生産していると,クレームがつくような事態になったときに,サポートはパンクします.設備投資面でも大きなリスクを抱えるでしょう.何より,マーケティング的に手探り状態で市場に大量投入すると,大量の在庫を抱える事態になります.

新し物好きの人たちはブログや雑誌等に使用感や直面した問題を詳細に記述した記事を書くことがしばしばあります.そういうことを生き甲斐や商売にしている人たちが多いのです.そのような詳細なレポートは,マーケティング面でも技術面でも有益な情報源となります.

そういう「失敗してもいい」試行期間を設定することが大きな意義になります.Apple が次々と打ち出す大胆な戦略は,こういった市場を巻き込んだ意図的な試行錯誤の過程を経て完成度を高めているのではないか?というのが私の仮説です.

この戦略は,Apple ほどのブランドを持っているからこそできる戦略です.普通のメーカーがこの戦略をとったならば,総スカンを食らって市場から退場せざるを得ないでしょう.どんな製品を出しても買ってくれる固定客がいるからこそ,その人たちを人柱にする戦略が成り立つのです.


2010年11月15日月曜日

Apple 戦略論

Jobs 率いる Apple の経営戦略が優れていることは多くの方が認めるところです.一方で Apple に比べると日本メーカー各社はうまくいっていないように見えます.このことから, Jobs の経営戦略,とくに Apple を追い出され NeXT を設立してからの戦略の本質が何なのか?について私は多大な関心を寄せています.


私が考える Apple の経営戦略の本質はがコア資産か」についての長期ロードマップを考案し,それを徹底して実践したことだと思います.プロダクトラインにおいてコア資産は,ムーアの言うキャズム(early adopter に売れてから early majority にも受け入れられるまでに存在する大きな「溝」)を超える橋頭堡としての役割も担うと私は考えます.私の仮説は,Jobs は最初に手を付けるべきコア資産(橋頭堡)として OS を選択したのではないか?ということです.


まず1985年の NeXT 設立時に Jobs はニッチ市場として高等教育向けハイエンドワークステーションを選びます.おそらく当時は競合も少なく,ニッチとしてもある程度の魅力があったのでしょう.


1985年前後は PC 向けに MS-DOS が主流の時代でした.日本で組込みシステム用の OS として現在も普及している ITRON の最初のバージョン ITRON1 の仕様策定開始が1984年のことです.またゲーム機の状況はファミリーコンピューターの発売が1983年です.

当時の状況では,計算機資源的に NeXT が狙うハイエンドワークステーションと組込み OS が同じアーキテクチャであることはあり得ません.しかし,ムーアの法則が提唱されたのは 1965 年のことなので,思考実験としてはハイエンドワークステーションのスペックが,いずれは家電にも導入される時代が来ることが机上では予見可能です.実際,プレイステーションの発売が1994年のことで,スペック的には NeXT と同等(あるいはそれ以上)と考えられるので,だいたい10年くらいで NeXT が家電化する時代がやってきたことになります.

この時点で Jobs がどこまで長期ロードマップを考えていたのかは明らかではありませんが,既に Jobs の想像力が家電まで及んでいた可能性はあります.世間に広まっている伝説では,少なくとも Apple に復帰して NeXT を買収する1996年頃までには,iPod に代表されるデジタル家電への進出を視野に入れていたと言われます.さらには NeXT STEP を Mac OS X として取り込む際に,将来 Mac OS X を Mac だけではなく家電の OS として使うことも想定していたとも言われています.これらについては真実を検証することはまず不可能です.しかし,もし今,自分たちのポジションで Jobs のように先を予見するとしたら,何をコア資産とするか?を考察する上で参考になるかもしれません.

このように Jobs は OS を橋頭堡として選んだのですが,Jobs の先見性はむしろ OS の上に載せるアプリケーションやサービスのレイヤーにあります.Jobs のデジタル家電構想により,未来を先取りした生活の中に息づくマルチメディア家電が iPod を皮切りに次々と創造されていきます.これらは OS のレイヤーだけを見ているのでは,けっして生み出せないしろものです.OS のあるべき姿を,OS 以外のレイヤーの将来像を考察することにより創造したのです.

もし日本メーカーの中で Apple に対抗するとしたら,よく名前が挙がるのは Sony でしょう.Sony には Jobs 率いる Apple を封じ込める可能性はなかったのでしょうか?

私はあり得たと考えます.鍵となるのはプレイステーションです.

プレイステーションの登場は1994年のことでした.私は当時の興奮を今でも覚えています.ちょっと前のスーパーコンピューターと同じスペックが,ゲーム機に惜しみなく投入されているのですから.プレイステーションが繰り出す映像や音響は,それまでのスーパーファミコンとは別次元のものでした.これは革命的といって過言ではありません.

しかしその後プレイステーションが進化するにつれて,初期の衝撃はどんどん薄れていくように感じられました.私が感じたのは,プレイステーションシリーズがもたらす新しいゲーム,新しい生活が,それほど革命的なものではない,今までの延長線上にすぎない,想像が容易につくものだということです.

今にして思えば,プレイステーション3で打ち出した Cell を中心とする情報家電への展開の構想は,もっと前にプレイステーション2の時代に行うか,あるいはプレイステーションポータブルを中心に据えるべきでした.そして Cell プロセッサそのものへの投資よりは,ソフトウェアとくに OS や基本アプリケーションへの投資を中心にするべきでした.おそらくプレイステーションでの成功体験が強すぎて,それまでの延長線上でしか思考していなかったのでしょう.だから,プレイステーション3がもたらした新しい生活は,革命的でない,今までの延長線上のものだったのです.

Cell に関して言えば,ゲーム機からの要求・制約と,家電からの要求・制約の両方を満たそうとするあまり,どちらにも中途半端なものになったのではないでしょうか.そのため,ゲーム機は任天堂の Wii にかなわず,家電は Apple にかなわずという結果でした.

任天堂も Apple も共通項として,ハードウェアスペックでは勝負せず,それぞれのサービスがどうあるべきか?を真剣に追求して勝利をつかんだのは,私にとって大変興味深いことです.少なくとも今の時代は,サービスとか価値とかを真正面から捉えないと勝利はおぼつかないのかもしれません.



(社)トロン協会 ITRON専門委員会, Introduction to the ITRON Project - Open Real-Time Operating System Standards for Embedded Systems -. http://www.ertl.jp/ITRON/panph98/panph98-j.html#SEC4





2010年10月3日日曜日

普段の業務の「システム」を考えよう 〜 はじめの一歩を踏み出そう

今日紹介する本は「はじめの一歩を踏み出そう〜成功する人たちの起業術」です.

起業しようという人がたいてい陥る(そして僕も見事に引っかかった)典型的なをはじめに紹介し,企業目標・事業目標を立てて,それを実現する「システム」を構築せよ,というのがこの本の教えです.

システムの中には,マニュアルとか,(本の中ではそう書いてはいませんが)標準プロセスとかが含まれています.マニュアルとか標準プロセスというと,画一的で人間らしさを否定するようなものとして受け止められることが多いのですが,あるホテルの例を引き合いに出し,人間らしさを実現するマニュアルや標準プロセスがあり得ると述べています.

目標を考えること,システムを考えることは,起業する前から練ることができます.たとえば普段やっている業務の目標・目的を考えたり,マニュアルやプロセスを書いてみればいいのです.それができないと,起業しても成長できないとこの本は説きます.

僕も既に研究室の運営を行っています.この本のような視点から研究室の「システム」を構築していこうと思います.

学生さんも,起業は自分に縁のない遠い話だとは思わずに,この本を読んでみてください.将来,改善活動に携わることになったときには,この本の知識が役に立つはずです.そこまで先の未来でなくても,自分が取り組んでいる身近なことについて目標やシステムを考察すると,「できる人」に一歩近づくことでしょう.


2010年10月1日金曜日

「自分にとっての資産とは何か」を考えよう 〜 金持ち父さん貧乏父さん

ずいぶん久しぶりになってしまいました.

復帰第1弾は,今さらですがベストセラーの「金持ち父さん貧乏父さん」です.



この本,Amazon のレビューでは賛否両論ですね.
否定的な意見になる気持ちも理解はできますが,僕はこの本の真髄を理解していないゆえに湧き出た疑念なのだと考えます.

金持ち父さん(そして著者)の主張は「資産をふやせ」に尽きると思います.資産の定義は,金持ち父さん流では「収入を生むもの」すべてです.
そして,どんな職業の人にとっても普遍的な資産は,不労所得,つまり株や不動産などなので,金持ち父さんはその運用の基礎を教えます.しかし,僕は,不労所得は資産の一部にすぎないと考えます.

僕にとっての最大の資産は何でしょうか.もちろん,株や不動産も資産ですが,僕はこれらの知識やリテラシーに乏しいので,収入を生むようになるためにはかなりの金銭の投資だけではなく,関連書籍やセミナーなどの,情報を得るための投資が必要でしょう.

金持ち父さんは教えます.「自分の頭を使って稼げ」と.つまり,今まで持っている知識も活用方法によっては資産になりうるというのです.だから僕にとっての最大の資産は,ソフトウェア工学と周辺に関する,小学校高学年以来の20年以上の知識と経験なのです.あとは,お金を生むための効果的・効率的な運用(あるいはシステム)を考えればいいのです.


僕が,忙しいけど頑張ってブログを再開しようと思ったきっかけは,金持ち父さん貧乏父さんです.なぜならば,このブログも僕にとっての資産だからです.Twitter も資産ですが,流動資産(フロー)の要素が強いのですよね.ブログは固定資産(ストック)になり得ます.だから,どんなにつらくても資産としてのブログを書きためようと思ったのです.

決意表明をかねて,ブログ再開の最初の記事としたいと思います.

2010年2月2日火曜日

「よくわかる経営戦略論」は経営戦略論の BOK ガイド?

今回もタイトルで言いたいことはほぼ言い尽くしたのですが.

ソフトウェアの世界では,PMBOKSWEBOKなど,さまざまな Body of Knowledge (BOK: 知識体系) ガイドがあります.

BOK ガイドは,主要キーワードとそれに関連する文献を網羅的に紹介していますが,経営戦略論においてそれに近い位置づけなのが,今回紹介するよくわかる経営戦略論です.この本は数ある経営戦略の本を選りすぐり,歴史的背景とともにそれらの文献の概要を紹介するものです.

BOK ガイド単独では,その分野のキーワードがわかるだけで内容についての深い知識が得られないのと同様,よくわかる経営戦略論でも,その真価を発揮するには,この本が推薦している書籍を一通り入手して読む必要があるでしょう.したがって,ガイド付きの推奨文献リストだと思えばいいです.

初学者がこの本だけ買って経営戦略について理解できるわけではないですが,ある程度の書籍を買うお金と読む時間があって,体系的に経営戦略について学びたいと思う人にはおすすめです.



2010年1月21日木曜日

経営戦略とアーキテクチャパターンの類似性を伊丹敬之著「経営戦略の論理」に見た

経営戦略の論理は,元一橋大,現在東京理科大の伊丹敬之(いたみひろゆき)先生が書いた経営戦略の教科書です.姉妹本のケースブック 経営戦略の論理と合わせて読むと理解が深まります.

タイトルでほとんどいいたいことは言い尽くした感がありますが,この本の第一印象は「これって経営戦略のパターンだね」ということです.ソフトウェア技術者なら誰もが知っているデザインパターンと似ているなと感じました.どう似ているかというと,経営戦略には定石があり,それがいくえにも重なり合って階層的な構造をなすという点です.これが僕にはパターンを使ったソフトウェアのイメージとダブるのです.
もっとも,同じパターンでも位置づけ的にはアーキテクチャパターンに近いと思います.経営戦略全体が階層的なフレームワークになっており,それぞれの構成要素にバリエーションとレベルがあるというイメージを持つといいと思います.
最初の書籍レビューはこんなところにしておきましょうか.ゆくゆくは単なる本の紹介では終わらせずに,輪講のように自分自身の見解を交えて詳しく切り込んでいきたいところです.ゆっくりやりますので,あせらずお待ちいただければと思います.コメントや Twitter でリクエストを出していただければ,できる限り対応したいと思います.