2015年4月4日土曜日

ブログを引っ越しました!

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ZACKY's Laboratory
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2015年3月24日火曜日

山崎進研究室のひみつ〜個性に合わせた長所を伸ばす研究指導

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自慢しますが,しばしば「山崎先生の研究室の学生は元気ですね」と言われます。何せ,指導教員である私が放っておいても,研究室の学生たちが勝手に自主的な勉強会を始めてくれるのですからね。細々としたスケジュールの管理や,一字一句論文・プレゼンテーションの添削をする必要もありません。こうなると,正直言って研究室の運営はとても楽です。何より学生たちの目が生き生きしています「どうしたらこのような学生を育てられるのですか?」とみなが聞きたくなるのも無理ないと思います。今回は,秘伝中の秘伝,私の研究室運営のひみつについて説明したいと思います。

大前提〜学生の可能性を信じる

私の研究指導で最も大事にしているのは「学生の可能性を信じること」です。これは大前提です。
教育の世界ではピグマリオン効果「教師が可能性があると信じた生徒の成績は伸びる」という定説が言われています。この定説については,本当にそうなのかどうか議論が多々あるのは事実です。しかし,私の研究指導では,この定説を前提として採用しています。
私のビジョンでは「個性に合わせた長所を伸ばす教育」という理想像を掲げています。どんな学生にも潜在的な才能は存在する。 教師自らがそう信じることが一番大事な出発点です。

教育のゴール〜自ら学ぶ力を習得させる

もう1つ大事なことは「学生はいつかは卒業する」という前提です。これから言えることは,学生はいずれ独り立ちしなくてはならないということです。
教育理念: 自ら学ぶ力を習得させる
【要約】: 技術や社会環境は急速に進化するので,陳腐化も早くなってしまいます。そのような状況では,一旦学んだら終わりではなく,常に学び続ける姿勢を身につけることが求められます。また,整備された教材が常に用意されているとは限りません。適切な指導者もいないかもしれません。いつかは独り立ちしなければならない,それが宿命です。私たちは,教材がなく指導者がいない状態でも,自力で学び続けることができるように学生を育て上げます。

学生は教師の道具ではない

私が研究室運営でこだわる点は,学生に教師の研究の下働きをさせたくないという決意です。学生は教師の道具ではありません。学生自身が納得して研究テーマを決めるべきです。
もちろん,私の職務としての研究や教育の助けになるようなことを学生が取り組む場合もあります。その場合でも,まず学生本人がどういう方向性の研究や能力開発をしたいかを見出すのが先決です。その後で,もし学生にとっても教師にとっても利になるようなことがあるならば,教師から学生に提案します。けっして命令ではなく!!

VSSに基づく研究室運営

では私の研究室運営について説明します。基本は,学生と面談を繰り返し,VSS: ビジョン・スタイル・シナリオを形成していきます。VSS については次の書籍を参照ください。早稲田大学のラグビーの元監督の中竹竜二さんの秘伝が紹介されています。
人を育てる期待のかけ方
この本で紹介されているエピソードを交えながら,VSS の考え方について紹介していきます。パスがどうしても苦手な選手がいました。どれだけ練習してもパスが上手くなりません。しかし中竹氏はその選手がずっと走り続けられることに着目して,ある作戦を思いつきます。その選手に,ボールを持った選手の後ろにずっとついて走るように提案しました。ただし,そのパスが苦手な選手にはパスを回さないという作戦をチーム内で共有します。その作戦を知らない相手チームの選手は,そのパスの苦手な選手をマークするための戦力を割かねばなりません。一見弱みに見える「パスが苦手」という個性をスタイルとして認識し,そのスタイルを最大限生かす作戦=ビジョンを持たせることで,個性を発揮することができるようになります。

VSS を支える強みの診断〜ストレングス・ファインダー

この例からもわかるとおり,VSSの中で最も重要なのがスタイルです。私はスタイルを見抜くためのツールがないか探し求めました。その結果,最終的にたどり着いたのが,次の書籍です。
さあ,才能(じぶん)に目覚めよう―あなたの5つの強みを見出し、活かす
この本にはストレングス・ファインダーというウェブ上の診断ツールの利用権がついています。ストレングス・ファインダーにアクセスし,心理学に基づいた結構な数の設問に答えると,5つの強みが診断されるという仕組みです。私はこの5つの強みから想像を広げ,ビジョンである学生の研究テーマや将来の仕事を着想します。 (このようなスタイルは,私が着想という強みを持っているからこそのアプローチかもしれません。)
ストレングス・ファインダーを使う上で注意すべき点がいくつかあります。
  • ストレングス・ファインダーはあくまで心理テストに過ぎないので,強みだと診断されたからと言って,本当にその能力が身についているというわけではありません。せいぜい,その強みに示される思考の様式であるとか,その考え方が好きだということを示しているのに過ぎません。しかし,その方向を信じて1万時間くらいかけて能力開発に専念すれば,才能を開花させることができるでしょう。もちろん一つのことに1万時間かけることができれば誰でもプロフェッショナルになれるのが定説ですが,ストレングス・ファインダーで見出した強みの方向性であれば,1万時間かけるのが苦にならないと考えられます。
  • ストレングス・ファインダーで現れる強みについては,けっして名称の語感だけで早とちりせず,よく説明を読んでください。たとえば「戦略性」という強みがあります。この語感からは,さも戦略構想を練り上げて目標に邁進し成し遂げるような偉大な才能を期待するかもしれません。しかし,戦略性の説明をよく読むと,この強みは「多くの事項の中から本当に必要なことを取捨選択する能力」というような説明がされています。これは語感から受ける印象とはだいぶ違う能力ではないでしょうか。
  • ストレングス・ファインダーに現れなかったからといって,その才能に恵まれていないと即決し悲観するのは待ってください。もしかすると,持っている他の強みを組み合わせると,その方向の仕事を成し遂げるための別の独自のアプローチがあるかもしれません。

このアプローチで捨てていること

このアプローチにも欠点があります。残念ながらこのアプローチで取り組む限り,学生主体で一流の論文誌や国際会議で発表できる研究水準を定常的に維持するのは困難です。そのため教師が研究業績面で遅れることになるでしょう。(よほど学生の素養に恵まれれば可能性はあるかもしれませんが。)
私はポリシーを貫くため,学生に一流の論文誌や国際会議で発表してもらうという思惑を捨てました。

おわりに

今回は VSS に基づく研究室運営について説明しました。このアプローチを採用することにより,学生が研究テーマを自分自身の問題として捉えることができるようになるので,自然と主体的に研究に励むことになります。研究室が一度主体的な雰囲気に包まれれば,しめたものです。学生たちが勝手に自主的な勉強会を始める日は近いです。
もちろんこのアプローチは万能ではありません。しかし,何かに集中すれば他が疎かになるのは必定です。最終的には教師自身にVSSの考え方を当てはめ,教師のポリシーとスタイルに合った研究室運営スタイルを編み出すことが求められるのではないでしょうか。

2015年3月11日水曜日

新時代の授業スタイル「反転授業」と「アクティブ・ラーニング」を失敗なく組み合わせるには

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今,話題の授業スタイルと言えば,反転授業(flipped classroom)とアクティブ・ラーニング(active learning)です。これらの授業スタイルを採用しようとしている教師や教育機関は,とても多いのではないでしょうか。私も反転授業やアクティブ・ラーニングを実践して大きな可能性を実感しています。また私の授業実践のブログやSNSでの発信にも日々コメントや質問,相談等が寄せられており,反転授業やアクティブ・ラーニングに対する社会的な関心の高さも実感しているところです。
さて,それぞれ効果が高いのであれば,反転授業とアクティブ・ラーニング両方組み合わせればさらに効果的な授業スタイルになるのではないかと思うのは,ごく自然な発想であります。私もそのようにごく自然に考え,「ソフトウェア工学概論」や「コンピュータシステム」といった授業科目で反転授業とアクティブ・ラーニングの両方を取り入れた授業実践をしました。
一方,反転授業研究の第一人者である東京大学の山内祐平先生は,2015年2月に関西大学で開かれたAPシンポジウムの講演にて「反転授業とアクティブ・ラーニングを組み合わせるのは難しい」と発言して波紋が広がりました。山内先生は自ら実践されているだけでなく,世界中の反転授業やアクティブ・ラーニングの実践事例も研究されています。その山内先生が「難しい」とおっしゃるのです。
私は山内先生の発言を実はやや意外に思いました。私の授業実践では反転授業とアクティブ・ラーニングをごく自然に組み合わせることができていたからです。たしかに多少工夫が必要な点はありましたが,大きな問題を感じた覚えはありませんでした。APシンポジウムにて山内先生に質問してみたところ「APシンポジウムで授業実践事例を発表するような人たちなら問題なく組み合わせられますよ」「実践経験が浅い人が安易に組み合わせるとまず失敗するので警鐘を鳴らしたのです」と笑いながらおっしゃっていました。
私はうまく組み合わせられたのだけど,それはどうやら経験を積んで得られた何らかの秘訣があったようだと気づきました。そこで,その秘訣が何だったのかを考察してみることにしました。

秘訣その1: 学習目標や合格基準を最初から高く設定しなかった

東京大学の山内祐平先生は,反転授業を完全習得学習型高次能力育成型に分類しています。それぞれを私なりに定義してみました。
  • 完全習得学習型: 元々の学習目標や合格基準は変えず,学習者のほぼ全員が学習目標を達成し合格することを目指す。
  • 高次能力育成型: 元々の学習目標を早い段階で達成させ,空いた授業時間を使って創造力や協調能力などのより高い能力の獲得を目指す。
先に完全習得学習型の反転授業が確立されていたとしましょう。この場合は,事前学習で動画やテキストを用いて授業相当分を学習した後,授業時には学習者の学力に合わせた応用演習問題を解くことが中心的なアクティビティとなります。完全習得学習型の反転授業のスタイルを中心に据えた場合には,わざわざアクティブ・ラーニングの要素を採り入れる必然性はありません。山内先生は,このタイプで反転授業とアクティブ・ラーニングを組み合わせることはないだろうと考えたようです。
したがって山内先生の考えでは,反転授業にアクティブ・ラーニングを採り入れるならば,基本的に高次能力育成型の場合であるということなのでしょう。それならば山内先生の主張は納得です。高次能力育成型の反転授業は元々の学習目標より高い目標を目指しているので難しいです。
一方,私の授業実践事例では,学習成果そのものに求める学習目標や合格基準は変えていないので,完全習得学習型に近いと考えられます。学習目標や合格基準を最初から高く設定しなおさなかったので,無理なく導入できたと考えられます。
なお,学習成果そのものに求める学習目標や合格基準は変えていないのですが,主体的・能動的な学習態度を求める学習目標を追加しています。そもそも私が「ソフトウェア工学概論」や「コンピュータシステム」にアクティブ・ラーニングを採用したのは,学生たちに自ら学ぶ力を習得させたいという思いからでしたので,必然的に主体的・能動的な学習態度を求めることになります。
教育理念〜自ら学ぶ力を習得させる
技術や社会環境は急速に進化するので,陳腐化も早くなってしまいます.そのような状況では,一旦学んだら終わりではなく,常に学び続ける姿勢を身につけることが求められます.また,整備された教材が常に用意されているとは限りません.適切な指導者もいないかもしれません.いつかは独り立ちしなければならない,それが宿命です.私たちは,教材がなく指導者がいない状態でも,自力で学び続けることができるように学生を育て上げます.

秘訣その2: アクティブ・ラーニングを主,反転授業を従とした

さて,私の授業実践事例は完全習得学習型でアクティブ・ラーニングを採用したものでした。しかし前述のように完全習得学習型の反転授業のスタイルを中心に据えた場合には,わざわざアクティブ・ラーニングの要素を採り入れる必然性はありません。 私の授業実践事例はナンセンスだったのでしょうか?
実はアクティブ・ラーニングを主に考えると,反転授業と組み合わせることに必然性があります。アクティブ・ラーニングは,深く学ばせることはできるのですが,反面必要なアクティビティのための時間を確保する必要があるので,1つの学習項目に必要な授業時間が長くなってしまいます。そこで,知識獲得を反転授業スタイルにして事前に学習させることで,授業中にアクティブ・ラーニングのアクティビティを行う時間を確保します。このようにアクティブ・ラーニングを中核に据え,知識獲得手段として一部反転授業スタイルを採用するという考え方に基づいてデザインしました。
「ソフトウェア工学概論」では,最終的な目標を自らの関心事に基づいて研究するというアクティブ・ラーニングの達成を目指しました。そして2部構成にして第1部を反転授業スタイルを採用した知識獲得フェーズとしました。
「コンピュータシステム」では,主体的・能動的な学習スタイルを身につけることを最終的な目標の1つとし,最初は専用の教材を充実させてていねいに足場作り(scaffolding)をして,徐々に足場を外して(fading)自立させていくという構成を採用しました。足場作りで動画を用いた反転授業スタイルを採用しています。
私はこのように事例を組み立てて成功させました。もしかするとアクティブ・ラーニングを主,反転授業を従とすれば導入しやすいのかもしれません。

秘訣その3: 授業設計に慣れていた

私は長年インストラクショナル・デザインに取り組んでおり,講義に頼らない自習教材を中心とした授業づくりをしていました。そのため,次のアドバンテージがありました。
  • 学習目標を適切に定義できていました。 授業のみならず,事前・事後学習も適切に設計していました。
  • 教材資産を豊富に確保していました。 学習目標にあわせて開発した自作教材を資産として保有していました。それに加えて学習目標を定義していたことにより既存の教材も適切に選ぶことができました。
教師が最初に読むべきインストラクショナル・デザインの本は「教材設計マニュアル」です。これを読んで教材作りにいそしみましょう。それが反転授業とアクティブ・ラーニングを成功させる秘訣です。

秘訣その4: ワークショップに慣れていた

私はファシリテーションやフューチャーセンターに興味を持ち,学生や社会人を交えたワークショップを実施した経験を多く持ちました。そのため,インストラクショナル・デザインの経験と合わせて次のようなアドバンテージがありました。
  • 学習目標を踏まえてワークショップを適切にデザインすることができました。 授業の目的にあったワークショップを定義・実施することができました。
  • ワークショップの段取りやファシリテーションのコツをワークショップ参加者に伝えることができました。 授業でワークショップを行う場合には,教師自身が直接ファシリテーターとならない場合がほとんどです。したがって参加者である学生が自力でワークショップを運営することになります。その場合でも,私がワークショップ/ファシリテーションとインストラクショナル・デザイン両方の経験を持っていたので,参加者に適切なインストラクションを与えることができました。
ファシリテーションについてどの書籍から手をつければいいかは,下記のブログ記事を参照ください。
はじめてのファシリテーション
また,こちらの動画シリーズも大いに参考になります。
どんぐり教員セミナー033"ファシリテーション・コーチングとは(ファシリテーション・コーチング基礎1)"

秘訣その5: 試行錯誤を繰り返し最善を尽くした

もしかするとこれが一番大事なポイントかもしれません。常に学生のことをよく観察し,自分の頭で仮説やデザインを考え,あれこれ工夫して試行錯誤を繰り返し,結果をふりかえって次の実践に備えていました。
そのような努力をすることなく,ただ言われるままに反転授業やアクティブ・ラーニングを採り入れてもうまくいくはずがありません。教師自身が主体的に教育改善に取り組むことが成功につながると私は考えます。

おわりに

私が反転授業とアクティブ・ラーニングをうまく組み合わせられたのは次の5つの秘訣を押さえていたからだと分析しました。
  1. 学習目標や合格基準を最初から高く設定しなかった
  2. アクティブ・ラーニングを主,反転授業を従とした
  3. 授業設計に慣れていた
  4. ワークショップに慣れていた
  5. 試行錯誤を繰り返し最善を尽くした
もちろん,これらが反転授業とアクティブ・ラーニングの併用を成功させる必要十分条件ではないでしょう。あくまで私自身の経験をふりかえって立案した仮説にすぎません。しかし,これらの秘訣はヒントにはなるのではないかと思います。

コンピュータシステムの原理を理解させる
アクティブ・ラーニング〜電子情報通信学会シンポジウム講演

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電子情報通信学会のシンポジウム「教育改革と人材育成」にて講演しました。

講演スライドをシェアします。


2015年3月7日土曜日

理系知識習得科目をどう教えるか〜概念と原理のディープラーニング

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理系の授業科目は大きく分けて次の2種類があります。
  • 知識習得科目: さまざまな概念や原理を理解することを目的とした科目。
  • 技能習得科目: スキルを身につけることを目的とした科目。
今回は理系の知識習得科目における効果的な授業づくりについて,事例を紹介しながら説明したいと思います。

概念や原理を理解するとはどういうことか

そもそも「概念や原理を理解する」とはどういうことでしょうか。
インストラクショナル・デザインでは,ガニェの学習成果の5分類の言語情報(verbal information)に分類される学習目標だと解釈します。さらには「◯◯を理解する」というように書かれた学習目標は望ましくないと言われています。なぜならば「◯◯を理解する」というのは頭の中の変化に過ぎず本当に習得したのかどうかを客観的に判断できないからです。そこで,言語情報の学習目標では「◯◯(という言葉)の意味を説明できる」というように,習得すればできるようになる行動として具体的に学習目標を書き表すべきだとインストラクショナル・デザインの教科書には書かれています。
さて,このような説明に違和感を覚えませんでしたか? 私たちが教師向けに行ったインストラクショナル・デザインの研修では次のような質問が出ました。みなさんはこのような問題意識に対し,どのように考えますか。
「◯◯を理解する」という学習目標のままの方がより適切だ。なぜならば,「◯◯(という言葉)の意味を説明できる」というのでは,単に言葉を丸暗記して意味を復唱できるという浅い理解だけでしかない。「◯◯を理解する」という目標記述には,より深い理解を期待している。
私も長年ずっとこの問題について考え続けました。すぐにわかったのは,より深い理解を期待したいのであれば,深い理解を達成したときにできるようになる行動で学習目標を記述するのがインストラクショナル・デザイン的には正しいだろう,ということです。しかし,では具体的にどのような行動を目標として設定すれば本来の意図に近い記述になるのか,私はすぐにわからなかったのです。
長年の考察の末,「概念や原理を理解する」ということは次の学習目標を統合したものだと結論づけました。(このような学習目標を「多重に統合された目標: multiple integrated objectives」と言います)
  1. 用語の暗記: 概念や原理に関連する用語とその意味を対応させて説明できる。
  2. 直観的な理解: 概念や原理,用語同士の関連について,例示や図示をしながら説明できる。
  3. 応用技能: 与えられた問題に対し,原理を適用して解を導き出せる。

ケーススタディ〜コンピュータシステムでの授業づくり

では「概念や原理を理解する」ことをどう具体化するのか,「コンピュータシステム」の事例を紹介します。

用語の暗記

用語の暗記は,既存の知識をすぐに検索して調べられるようになった現代情報社会においても,なお重要だと私は考えます。なぜならば,調べたい事柄を検索キーワードとして的確に表現できないと有効な知識に到達できないからです。
用語の暗記に有効な学習方略も従来と同様です。すなわち用語を列挙し,それぞれの用語の意味とともに覚えるということです。人間が一度に覚えられるのは5〜10個の事柄なので,定番となる学習方略はクラスター分析,たとえば47都道府県を覚えるのに地方ごとに分割して覚える(九州地方:福岡県,大分県,...,中国地方,...)方式です。
このクラスター分析のしかたが授業設計上の最重要ポイントです。その具体的なやり方については,次の直観的な理解の項目で説明します。
用語の暗記に用いるツールは,昔ながらの単語カードでも良いでしょう。最近は単語を覚えるためのアプリケーションソフトウェアが登場しています。私たちは近い将来授業で自由に使える単語カードアプリケーションを提供しようと準備しているところです。
アクティブ・ラーニングの考え方に従うならば,調べ学習を適宜取り入れる方略も考えられます。すなわち覚えるべき用語のリストを与え,それらの意味を調べさせるという方式です。注意点としては,調べ間違えて覚えることがあるので,本格的に暗記させる前に調べた内容をチェックするべきだということです。教師が直接確認するのが一番ですが,グループワークやピアレビューによる学生同士の相互チェックを入れてから教師がフォローアップするという方法もあります。

直観的な理解

言うまでもなく用語を丸暗記するだけでは生きた知識になりません。より深い理解のために有効な方法はたとえば次のようなことです。
  1. 覚えた用語を今まで得た知識や経験と結びつける。
  2. 覚えた用語を用いながら,概念や原理について,例示や図示をしながら自分の言葉で説明する。
  3. 覚えた用語同士を関連付ける。
それぞれ事例を交えて説明しましょう。

1. 覚えた用語を今まで得た知識や経験と結びつける。

新たな用語を覚える際に,既に知っていることとの関連付けで理解することは日常的に行っていることだと思います。このとき,新たに覚える際に参照する既知の知識や経験のことを先行オーガナイザ(advance organizer)と言います。
コンピュータシステムでは,オペレーティングシステムのマルチタスクとそれに関連する用語を教授するために,まずマルチタスクを身近な例にたとえさせるという課題を与えました。解答例としては,料理や事務作業などが挙げられます。

2. 覚えた用語を用いながら,概念や原理について,例示や図示をしながら自分の言葉で説明する。

言葉というものは,ただ覚えるだけではなかなか定着しないものです。その場合,実際にその言葉を使って話したり作文したりするといったアウトプットをすると有効です。学習パターンでもアウトプットしながら学ぶことの重要性を訴えています。
アウトプットから始まる学び Output-Driven Learning〜学習パターン No.13
コンピュータシステムでは,マルチタスクの単元で次のような指導方略を採りました。
  1. 単元の初回で次の課題を与える。
    • マルチタスクに関連する用語を覚える。たとえば,プリエンプション,コンテキストスイッチ,スケジューリングなど。
    • マルチタスクを身近な例にたとえさせる。解答例としては,料理,事務作業など。
  2. 単元の2回目で次の課題を与える。
    • 初回であげた身近な例に沿って,初回で覚えた用語を一通り説明させる。解答例としては,事務作業におけるプリエンプションは上司の指示によって現在行っている事務作業を中断することに相当する,など。
単元の2回目の課題を与える際に次のことを促す指示や加点評価,フィードバックなどを合わせて行うとより効果的です。
  • 具体例を示すこと
  • 説明図を描くこと
  • 自分の言葉で書くこと

3. 覚えた用語同士を関連付ける。

新たな用語をまとめて覚える際に関連性のある用語を関連づけて覚えることも,日常的に行っています。前述のクラスター分析による分割はこれに該当します。
コンピュータシステムでは,次のようなことを行いました。
  • 単元の中で覚えるべき用語が多い場合に,クラスター分析をして構造的な順位をつけて分割しました。マルチタスクの単元と同様の教授方略を採用する場合,まず身近な例にたとえやすい主要な用語を先に覚えさせます。これを身近な例に関連付けて直観的に理解させしっかり定着させた後で,既に覚えた用語に関連付けるように新たな用語を覚えさせます。
  • 一通りの学習を終えた後で,覚えた用語を関連深い学習単元ごとに分類させました。

応用技能

覚えた概念や原理を適用して応用問題を解けるようになると,より深い理解ができたと言えます。このような応用問題の多くは,暗記した知識を復唱するような言語情報ではなく,与えられた問題にルールを当てはめて解くような知的技能(intellectual skill)に該当します。
コンピュータシステムでは,コンピュータの動作原理を理解したことを確かめるため,アセンブリ言語レベルの疑似プログラムを与え,CPUがバスを通じてメモリやI/Oにアクセスしながら疑似プログラムを実行する様子を説明させるような応用問題を与えました。この場合の採点基準としては,そもそもの主旨を踏まえ,大筋で説明できていれば合格とします。

おわりに

本記事では,理系の知識習得を目的とした科目において,より深い学習につなげるためにどのように教授するかについて,次の3つの学習目標と教授方略に整理し,それらを統合して授業づくりをすることを説明しました。
  1. 用語の暗記: 概念や原理に関連する用語とその意味を対応させて説明できる。
  2. 直観的な理解: 概念や原理,用語同士の関連について,例示や図示をしながら説明できる。
  3. 応用技能: 与えられた問題に対し,原理を適用して解を導き出せる。
今回示したのはインストラクショナル・デザインの基本的な考え方です。これだけでも応用は効きますが,実際に授業づくりをするには分野の特性に合わせていく必要があろうかと思います。

Q&A

Q1

Facebook〜ブログを書きました。
「…を理解する」より「...の意味を説明できる」は賛成です. 説明できる ということは,理解していることでもあるから. だけど,「...説明できる」ということは,それを聞く相手がいるということかなと思うのです. となると,別の能力も必要になるのかしら...と. また,聞く相手もいろんなタイプがいて,聞く人の能力が高いとか,人柄?^^; などによっても変わってくるのかなと.
通常の場合に想定する相手は教師です。また,説明に用いる手段はレポートや試験のことが多いです。したがって「説明できる」ためには,文章を書く能力が前提となります。なので,たとえば幼児など文章を書けない人の場合にはうまく機能しません。
もし学生同士の相互評価などを実施する場合には,聞く相手は学生になります。その場合,暗黙のうちに「聞くことができる」という学習目標を設定していることになります。

Q2

Facebook〜ブログを書きました。
記載されている「応用技能」は「うんうん^^*」って読ませていただきました.(中略) ただ,仕組みまで知ってるといい,けど,知らなくてもできると思うのです.どこまでをブラックボックスで考えて,授業したらいいのか,そこってわたしの中ではなかなか整理できてなくて.山崎先生はこうしてる!というのがありましたら是非アドバイスいただけると嬉しいです.
それは学生の能力や求める水準,かけられる時間などに応じて教師が設定する問題だと思います。深い理解をさせる必要がないと判断するのであれば,言葉の丸暗記だけでも十分です。この記事では「深い理解をさせたい場合にどうすればいいか」という話をしています。
もうちょっと補足すると,一般論としてどの分野でも,教えること学ぶことはとてもたくさんある一方で,教えたり学んだりするのに使える時間は限られていて全然足りないわけです。そういう前提に立った時に採用できる方針として,基本的に「広く浅く」vs「狭く深く」のトレードオフの問題になってしまいます。「広く深く」ができれば理想かもしれませんが,そんなことは不可能なのです。
T型人材/H型人材という話があります。「広く浅く」と1つの分野の「狭く深く」を組み合わせるとT字型になります。これがT型人材のイメージです。そして1つの分野について深く究めると,あるとき急に「悟り」が開けて,それまで関連性の見えなかった分野のつながりが見えてくるようになります。この形がHの字を横にした形になるので,H型人材と言います。かの有名なスティーブジョブズのスタンフォード大学の講演で「connecting the dots: 点をつなげること」という話があります。若いときには点でしかなかったことが,あるとき急に線になり面になり,というお話です。これはH型人材で言われている現象と一致します。この現象は私自身も強く実感することです。したがって,「広く深く」ができない以上,「広く浅く」と1つの分野の「狭く深く」を組み合わせる方法が最善ではないかと思います。
とすると「広く浅く」と「狭く深く」をどう選択すればいいかという問題になります。私の結論としては,この記事で紹介した用語の暗記は「広く浅く」に該当し,直観的な理解応用技能は「狭く深く」に該当します。学部教育でのアクティブ・ラーニングを前提とした時,「狭く深く」に選ぶべきなのは,案外「学生や教師が心から楽しめること」ではないでしょうか。学部教育までの段階では,「広く浅く」常識をつかんでいて,学習意欲を十分に喚起するのに成功し,さらにアクティブ・ラーニングの習慣も身についているのであれば,あとは学生の知的好奇心がおもむくままに学習が進むであろうからです。ポイントは,学生だけでなく教師も楽しめることです。教師がイヤイヤやっていることを学生が楽しんで習得するはずがないからです。
いったんアクティブ・ラーニングの習慣が学生に定着したならば,教師はナビゲーター/ファシリテーターとして学生が関心を持つテーマを自分で調べる手助けをすればいいでしょう。これこそがアクティブ・ラーニングが目指す学習像です。その辺りの話は,また機会を改めて詳しく説明したいと思います。

Q3

Facebook〜ブログを書きました。
「用語の暗記」.地方ごとに覚える. 似たようなことで,なかなか全部覚えきらないとき,「この本のここに載っている」ということだけでも覚えていると,わからないとき,すぐに見つけ出せる!というのを学生に話したこともありました. つまり,「本の目次だけでも覚える作戦」 クラスタ分析,勝手に「似てる!」と思ってしまいました ^^;
「本の目次だけでも覚える作戦」は,適切に目次が記述された書籍ならば有効な指導方略ですね。おっしゃるようにクラスタ分析で導き出された構造は目次みたいなもので,著者の知識体系を形にしたものです。なので,クラスタ分析は教師の力量やセンスが問われることだと思います。

Q4

Facebook〜ブログを書きました。
目標は試験時を想定して立てればよいということですか
はい。最終的に課す試験やレポート等で想定している学習目標(到達目標)を中心に考えます。
目標は予習、授業、試験の段階でスパイラルに考えられていますか
目標をスパイラル的に考えるというよりは,最終的な到達目標を習得するのに必要な下位目標を分析し,授業の進行とともに下位目標を順番に教授する感じです。
たとえば47都道府県名を覚える到達目標だとしたとき,この目標は言語情報なので,地方名を覚えることと各地方の都道府県名を覚えることを下位目標とします。第1回の授業では地方名を覚える,第2回の授業では九州地方の都道府県名を覚える,という具合に順番に教授していきます。
ちなみにスパイラルカリキュラムという考え方もあります。
スパイラルカリキュラム: 鈴木先生との議論

Q5

Facebook〜用語を丸暗記するだけでは生きた知識になりません。より深い理解のために有効な方法を紹介します。
仕事でも新しい言語や技術に取り組むときに、こういった手順を踏めると実務レベルにあがるまですごく早まると思います。
単語や概念がわからずに使っていて、思わぬバグを仕込む事も多く、今までの自分の経験と、新たに覚えた知識のリンクができるとものすごく腹に落ちたりします。
わかりやすく書いていただき、勉強になりました。
自分が勉強に取り組む時や、仕事で新しい技術にふれる同僚や後輩がいた場合にも順序立てて勉強していけます。 ありがとうございます。
ありがとうございます。
教師が本業ではない人が教える場合(たとえばプログラマが本業で時々後輩を指導している場合)に最初に読むべきインストラクショナル・デザインの本は「いちばんやさしい教える技術」です。
この本については学生が紹介記事を書きました。参考にしてください。
いちばんやさしい教える技術〜あらみそかもすぞ
ちなみに教師が本業の人が教える場合(学校の先生はもちろん,企業でも研修を主業務としている場合)に最初に読むべきインストラクショナル・デザインの本は「教材設計マニュアル」です。

Q6

Facebook〜ブログを書きました。
とても勉強になりました.
理解にはいろいろな側面とレベルがあり,分野によっても何が「理解」であるのかは異なりますね.(中略)
そういった長い旅路をまず始めるにはどう動機づければいいのか,学びのプロセスのグラフ構造をどう巡回させていくのか,ノードとなる知識の反復が効果的であるためにはどうするか,学ぶ人の多様性を前にしていろいろと悩むところです.
分野によって何が「理解」であるのかは異なるのはおっしゃる通りです。大枠ではこの記事で示した「用語の暗記」「直観的な理解」「応用技能」に沿って分解できるのだろうと思いますが,それぞれが具体的にどのような知識や技能が必要になってくるかが分野によって変わってくるでしょう。
「そういった長い旅路をまず始めるにはどう動機づければいいのか」の基本は,課題分析図を示すことです。課題分析図については教材設計マニュアルや下記を参照ください。
第5章 教材の構造を見極める
動機づけとしては,次のように行います。
  1. まず最終的な学習目標を達成するとどんなことができるようになるのかを説明します。これはARCSモデルでいうとR:関連性に該当します。たとえば私が行ったUMLモデリングの授業では,UMLモデリングの意義を説明し,最終試験で登場するような UML 図を示しました。
  2. 次に課題分析図を示します。ポイントは「難しそうだけど,何とかやれそうだな」という自信を与えることです。これはARCSモデルではもちろんC:自信に該当します。UML モデリングの授業では,さらに学習者に自信をつけさせるために,課題分析図を示しただけでなく,初回の授業を学んだ後で,もう一度最終試験例の UML 図を示し,一部が理解できるようになったことを確認させました。
「学びのプロセスのグラフ構造をどう巡回させていくのか」についても,下記が参考になります。
第5章 教材の構造を見極める
ただし,この原則にしたがっても全ての順序性を定義できない場合が多いです。たとえば言語情報の課題には基本的に順序性はありませんし,知的技能の課題でも課題が並列する場合には順序性はありません。インストラクショナルデザインの原理の第9章では,このような場合にどのように順序づけるかを論じています。
「ノードとなる知識の反復が効果的であるためにはどうするか」「学ぶ人の多様性を前にしていろいろと悩むところ」については完全習得学習(mastery learning)の考え方が参考になるでしょう。下記を参照ください。
完全習得学習と形成的テスト
最近の反転授業でも現代のITを使って完全習得学習が再発明され,完全習得型反転授業(Flipped-Mastery model)と呼ばれています。詳しくは下記を参照ください。
反転授業
初等C言語プログラミングでは完全習得学習の一形態であるPSI:個別化教授システムを実現した向後千春先生のウェブ教材「ネコのぶきっちょと学ぶC言語(2002)」を採用しました。この授業では,学生はeラーニング教材で個別に自習し,各単元を修了したことを確認するテストを受けて次の単元へ進みます。学生の多様性の問題については,究極的にはこのように個別学習を中心とした学習形態になっていくのではないでしょうか。
UMLモデリングの授業でも,完全習得学習を実現すべくいろいろ工夫しました。いずれブログで紹介したいと思います。

2015年2月25日水曜日

授業づくりはまずコンセプトづくりから〜事例に学ぶコンセプトづくり

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コンセプトがはっきりしている製品やサービスは,そうでない製品やサービスに比べて使い勝手が良いことが多いですよね。同じように授業でもコンセプトをはっきりさせると学生にとって様々な利点が生まれます。

  • 授業コンセプトをはっきりさせると 「何のために学ぶのか」をイメージしやすくなります。 これにより学習内容と学習者の関連性(ARCSモデルのR)を見出しやすくなるので,学習意欲を喚起することにつながります。
  • 選択科目のコンセプトがはっきりしていると 学生にとってその科目を選ぶか選ばないかを判断しやすいです。 これによりミスマッチを防ぐことにつながります。
  • 授業コンセプトがはっきりしていると,その授業が成功したのか失敗したのかを評価する方針も定まりやすくなります。これにより授業改善の指針も明確になり,より成功しやすくなります。
  • 授業コンセプトがはっきりしていると,授業全体に一貫性を持たせやすくなります。一貫した授業は学生の満足度を高めるのに役立ちます。
本記事では授業コンセプトをどのように考えるのかについて,事例を紹介しながら説明したいと思います。

授業コンセプトの基本構成要素

授業コンセプトにはどのような構成要素があるのでしょうか。私は次のように捉えています。
  1. 授業内容の範囲
  2. 教え方の方針やスタイル
  3. カリキュラムの中での授業の役割や位置付け
  4. どのような学生が対象なのか
  5. その学生にどうなってほしいのか
  6. 学習手段として何を使うのか
またこれらは互いに関連し合っています。とくにコンセプトに一貫性を持たせるためには,このレベルでもきちんとデザインしておく必要があります。

授業コンセプトづくりのケーススタディ〜コンピュータシステムの場合

では事例を紹介しながら授業コンセプトづくりをどのように行うのかを見ていきましょう。最初の事例はコンピュータシステムです。次のスライドのコンセプトの部分をていねいに説明します。

最初に決めたのは,カリキュラムの中での授業の役割や位置付け

コンピュータシステムのコンセプトづくりで最初に決めたのは,カリキュラムの中での授業の役割や位置付けです。
コンピュータシステムは,2013年度から施行したカリキュラムの改定でプログラミング言語処理系とオペレーティングシステムの2つの授業を統合した科目として開講することが決まりました。カリキュラム改定の議論を学科で進めていく中で,この2科目を統合しようと言い出したのは実は私です。統合する理由としては,本学の学生がプログラミング言語処理系やオペレーティングシステムを実務で開発する業務に就くことは情勢から見て稀だと判断し,2科目に渡って詳細を学習させるよりも,より普遍性の高い基礎の習得に絞り1科目に統合して,空いた時間で他の科目を学ばせるようにしたほうがベターだろうと考えたからです。
また,コンピュータシステムには,より高次な後続科目群(VLSI系/組込みシステム系/ソフトウェア工学系)への知的好奇心を喚起するというカリキュラム上の役割も期待されていました。

2番目に決めたのは,どのような学生が対象なのかと学生にどうなってほしいのか

次に決めたのは,本学の学生の現状を踏まえて,どのような学生が対象なのかとその学生にどうなってほしいのかを決めました。
北九州市立大学のポジションは,古くから地域に根ざした公立大学です。入学試験の偏差値はちょうど平均値(50)前後で,センター試験も一通り課すことから,良くも悪くも得意不得意がはっきり分化していない平均的な学生が多いのが特徴の1つです。
このような特徴のない学生は現行の就職活動では不利です。そのため,学生たちが自分の得意なことを見出してほしいという思いがあります。
入学前のプログラミング経験についてアンケートを毎年実施していますが,高校以前からプログラミングを行っていたという学生は1学年70名の中で1〜5名程度であることが多いです。ほとんどの学生は大学に入学して初めてプログラミングを経験します。
一方で,今までの卒業生に目を向けると,情報学科出身なのにプログラミングが苦手,さらには嫌いになって卒業する学生も少なからず存在します。こういうプログラミング苦手意識を克服してあげたいという思いもあります。
そしてコンピュータや情報に関連する技術や社会環境は急速に進化しています。一旦学んだら終わりではなく,常に学び続ける姿勢が必要です。学生たちに自ら学ぶ力を習得させたいという思いもあります。
技術や社会環境は急速に進化するので,陳腐化も早くなってしまいます.そのような状況では,一旦学んだら終わりではなく,常に学び続ける姿勢を身につけることが求められます.また,整備された教材が常に用意されているとは限りません.適切な指導者もいないかもしれません.いつかは独り立ちしなければならない,それが宿命です.私たちは,教材がなく指導者がいない状態でも,自力で学び続けることができるように学生を育て上げます.
もちろん授業で学ぶ知識も大事ですが,それ以上に強い知的好奇心と学習意欲を持ってほしいという思いもあります。この思いは前述のカリキュラム上求められる役割と合致します。

3番目に決めたのは,学習手段として何を使うのか

コンピュータシステムの前身の1つであるプログラミング言語処理系の授業は,私が担当していました。プログラミング言語処理系は私が初めて15週分の全ての授業を新規開講した科目であり,教材設計マニュアルを見ながらインストラクショナル・デザインに取り組んだ最初の授業でもあります。教材設計マニュアルに書かれていることを「真に受けて」講義をせず自習教材で全て完結するようにしました。当然のことながら,プログラミング言語処理系の自習教材を資産として有効に再利用しようと考えていました。
また,学習環境として大学が Moodle という学習管理システム(LMS)を用意しており,学生たちは学習管理システムを使っての授業に慣れていました。私は Moodle に飽き足らず,独自に Canvas という学習管理システムを試験的に導入していましたので,コンピュータシステムでも既にある Canvas を利用しようと考えました。
教室としては PC を使える演習室や,電子回路実験のための広い作業卓のある教室などがあり,授業の特性に合わせてこれらを使い分けることができました。後者はグループワークにも適していることを経験していました。
学生たちのほぼ全員が入学を機に自分用のPCやスマートフォンを所有しており,自宅やモバイルのインターネット環境も持っています。

4番目に決めたのは,教え方の方針やスタイル

まとめるとコンピュータシステムでは次の条件が整っていました。
  • 自ら学ぶ力を習得させたいという思いが強い
  • 大学と自宅両方で十分なICT環境が整っている
  • 学習管理システムを前提にできる
  • 自習用の教材資産もある程度保有している
以上から,アクティブ・ラーニングや反転授業を全面的に導入する方針を決めたのは自然なことでした。さらに,私には既に別の授業でアクティブ・ラーニングや反転授業を導入した経験もあることも後押ししました。

最後に決めたのは,授業内容の範囲

授業内容を基礎に絞ることは,カリキュラム上求められていただけでなく,深く学ばせるのに適するが講義よりも学習時間が多くかかるアクティブ・ラーニングの特性からも必要な施策でした。
一方でコンピュータの動作原理について直観的に理解させることを最初の授業内容として加えることにしました。理由はコンピュータの動作原理の理解が,プログラミング言語処理系やオペレーティングシステムの原理を理解するのに役立つからだけではありません。プログラミングが苦手な学生を観察すると,コンピュータがプログラムをどのように実行するのかが思い描けていないためデバッグに支障をきたしている光景が多く見られたので,コンピュータの動作原理を直観的に理解させることでプログラミング苦手意識の克服にもつながると考えたからでもあります。
これらの考察を踏まえ,コンピュータシステムの授業内容の範囲を絞り込みました。

まとめ

本記事では,授業コンセプトをどのように決めていくか,コンピュータシステムの事例を交えながら説明しました。コンセプトを明確化したことで,授業の設計や評価の方針がぶれなくなることを今後の別記事で紹介していこうと思います。ご期待ください。

「魂は隅々まで宿らせるべきである」は,授業についても言えることです。インストラクショナル・デザインは教育に魂を込めるための技術だと思います。

コメント等は以下にお願いします。

2015年2月11日水曜日

何ができたら「問題解決」したことになるのか〜ガニェの教えからの考察

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「問題解決能力を育みたい!」 教育者のみならず,保護者の方,新人社員を指導する立場の方も,そして文部科学省も,生徒や学生の問題解決能力を育成したいと考えています。そもそも何ができたら「問題解決」したことになるのでしょうか。 今回はこの問題について考えていきましょう。
インストラクショナル・デザイン理論の生みの親の一人,ガニェ(Robert M. Gagne)が提唱した学習成果の5分類は,学習目標を次の5つに大別しています。
  • 言語情報(verbal information)
  • 知的技能(intellectual skills)
  • 認知的方略(cognitive strategies)
  • 態度(attitudes)
  • 運動技能(motor skills)
これらのうち問題解決に主に関わるのは知的技能と認知的方略です。
知的技能についてはさらに次の下位分類があります。番号が大きくなるにしたがって高次な学習目標になります。最も高次な学習目標は問題解決です。
  1. 弁別(discrimination)
  2. 具体的概念(concrete concept)
  3. 定義された概念(defined concept)
  4. ルールと原理(rule and principle)
  5. 問題解決 (problem-solving)
認知的方略については,普通の認知的方略の他に問題解決方略(problem-solving strategy)があります。問題解決と問題解決方略の違いについては後述します。
さて,ガニェは問題解決の本質は何だと考えているのでしょうか。それを読み解くために,問題解決の一つ下の段階であるルールと原理から考えてみましょう。ルールと原理の知的技能の代表例として「1桁の自然数の掛け算」があります。これは,与えられた2つの数(たとえば2と3)に対して「九九」という法則にあてはめて(この例では「にさんがろく」),適切な解(この例では6)を導きだします。一般化すると,与えられた問題に対し題意に沿った法則をあてはめて解を導き出すことがルールと原理の知的技能だというわけです。
もしここで,学習者自らが,観察を続けたり数々の試行を経たりしながら,ある法則を見出したとしたらどうでしょう。これこそ問題解決そのものではないでしょうか。ガニェはまさにそう考えたのです。
そこで,ガニェは問題解決を表す行為動詞として generate と表現しました。直訳は「生成する」ですが,何を生成するのかというと問題を解決する規則を「生成する」ということなんです。
私は「生成する」に代わる問題解決のよりふさわしい行為動詞の訳語として「編み出す」を提案します。問題を解決する新しいやり方を編み出すことが問題解決の本質なのです。
一方,問題解決方略は何でしょう? 認知的方略は一言で言うと「学び方を学ぶ」能力です。言い換えれば,いったん学習のコツをつかんだときに,そのコツを他の問題に応用する力です。もし,ある未知の問題を解決するにあたって,全く別の問題を解決するのに役立つ解決方法をいくつかあてはめたら解決できたとしましょう。それこそが問題解決方略です。
まとめると問題解決と問題解決方略の違いは次の通りです。
  • 問題解決(知的技能): 初見の問題に対し,その解決に必要な新たな法則を編み出す能力
  • 問題解決方略(認知的方略): 初見の問題に対し,既知の方略をいくつか適用して解決する能力
これらは別個の能力だというよりも,問題解決能力を知的技能/認知的方略というそれぞれ別の観点から説明したものだと言えそうです。

ある程度インストラクショナル・デザインの経験を積んだ後に,この本を読むととても深い示唆が得られます。また,授業実践を論文にするときには,この本を辞書代わりにして原著と照らし合わせながら執筆するといいですよ。



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反転授業の研究でも議論がありました。