2010年11月27日土曜日

OOP演習の成果を熊本で発表します!

12月6日(月)に熊本大学で開かれる組込みシステム研究会で,当ブログでも連載しているOOP演習の成果を発表します.

http://www.ipsj.or.jp/09sig/kaikoku/2010/EMB19.html

意外かもしれませんが,今回が私にとって組込みシステム研究会初の発表です.しかもなぜか教育という,研究会の本流から外れたテーマです.
そういうわけで,事前に教育に関心が高い人を集めないと議論が盛り上がらない恐れがあります.それではせっかく発表してもつまらないので,ソフトウェア工学教育に関心のある多くの人に来て頂けたら幸いです.

Apple 戦略論 Part 2

最近私が気づいた「これって Apple の常套手段じゃね?」という戦略の話をします.

その戦略は次のような流れです.

  1. 第1世代の製品では,わざとツボを外したしょぼい「こんなの誰が買うんだ」的な製品を販売する.
  2. その実製品で市場動向や技術的課題をリサーチする.
  3. 第2世代以降で満を持して本気の製品をリリースして,世間をアッといわせて市場を総取りする.
この実例はとても多いです.最近では Apple TV がこのパターンに該当すると考えています.iPod も2001年に第1世代が登場した当初は散々な評価でした.

変形パターンの戦略は次の通りです.
  1. 隠し機能を仕込んで販売する.
  2. その実製品で市場動向や技術的課題をリサーチする.
  3. 隠し機能を別製品に本格展開する.
この実例としては加速度センサーが挙げられます.iPhone で大々的に取り上げられた加速度センサーは,最近知られたことですが,実はそれ以前に MacBook に隠し機能として搭載されていました.MacBook が落下したときにハードディスクのヘッドを待避するために装備されたのです.当時,既に加速度センサーつきのハードディスクは実用化されていましたが,高級品でした.加速度センサーが装備されていない安価なハードディスクを利用できるようにと,MacBook 本体側に装備したのです.

この戦略パターンで解決する問題は次のようなことです.
  • 前例のない新製品を,いきなり大々的に市場に投入するのは,マーケティング面でも実現技術面にも生産面でもリスクが高い.
  • 一方で,新製品の真の課題を明らかにするには,βテストで得られる情報だけでは足りない可能性がある.
Apple が目を付けたのはキャズムによる時間差です.Apple には固定客として新し物好きの人たちがついています.世間でどんなに酷評されていても新製品に飛びつく熱心なファンがいます.このような人たちが喜んで求めて,かつマジョリティである一般消費者が手を出さないようなスペックの製品を最初に出すのです.そうすることで意図的に市場を狭く設定します.

市場を狭く設定する理由は,大量生産によるリスクを回避するためです.もし最初から大量生産していると,クレームがつくような事態になったときに,サポートはパンクします.設備投資面でも大きなリスクを抱えるでしょう.何より,マーケティング的に手探り状態で市場に大量投入すると,大量の在庫を抱える事態になります.

新し物好きの人たちはブログや雑誌等に使用感や直面した問題を詳細に記述した記事を書くことがしばしばあります.そういうことを生き甲斐や商売にしている人たちが多いのです.そのような詳細なレポートは,マーケティング面でも技術面でも有益な情報源となります.

そういう「失敗してもいい」試行期間を設定することが大きな意義になります.Apple が次々と打ち出す大胆な戦略は,こういった市場を巻き込んだ意図的な試行錯誤の過程を経て完成度を高めているのではないか?というのが私の仮説です.

この戦略は,Apple ほどのブランドを持っているからこそできる戦略です.普通のメーカーがこの戦略をとったならば,総スカンを食らって市場から退場せざるを得ないでしょう.どんな製品を出しても買ってくれる固定客がいるからこそ,その人たちを人柱にする戦略が成り立つのです.


2010年11月15日月曜日

Apple 戦略論

Jobs 率いる Apple の経営戦略が優れていることは多くの方が認めるところです.一方で Apple に比べると日本メーカー各社はうまくいっていないように見えます.このことから, Jobs の経営戦略,とくに Apple を追い出され NeXT を設立してからの戦略の本質が何なのか?について私は多大な関心を寄せています.


私が考える Apple の経営戦略の本質はがコア資産か」についての長期ロードマップを考案し,それを徹底して実践したことだと思います.プロダクトラインにおいてコア資産は,ムーアの言うキャズム(early adopter に売れてから early majority にも受け入れられるまでに存在する大きな「溝」)を超える橋頭堡としての役割も担うと私は考えます.私の仮説は,Jobs は最初に手を付けるべきコア資産(橋頭堡)として OS を選択したのではないか?ということです.


まず1985年の NeXT 設立時に Jobs はニッチ市場として高等教育向けハイエンドワークステーションを選びます.おそらく当時は競合も少なく,ニッチとしてもある程度の魅力があったのでしょう.


1985年前後は PC 向けに MS-DOS が主流の時代でした.日本で組込みシステム用の OS として現在も普及している ITRON の最初のバージョン ITRON1 の仕様策定開始が1984年のことです.またゲーム機の状況はファミリーコンピューターの発売が1983年です.

当時の状況では,計算機資源的に NeXT が狙うハイエンドワークステーションと組込み OS が同じアーキテクチャであることはあり得ません.しかし,ムーアの法則が提唱されたのは 1965 年のことなので,思考実験としてはハイエンドワークステーションのスペックが,いずれは家電にも導入される時代が来ることが机上では予見可能です.実際,プレイステーションの発売が1994年のことで,スペック的には NeXT と同等(あるいはそれ以上)と考えられるので,だいたい10年くらいで NeXT が家電化する時代がやってきたことになります.

この時点で Jobs がどこまで長期ロードマップを考えていたのかは明らかではありませんが,既に Jobs の想像力が家電まで及んでいた可能性はあります.世間に広まっている伝説では,少なくとも Apple に復帰して NeXT を買収する1996年頃までには,iPod に代表されるデジタル家電への進出を視野に入れていたと言われます.さらには NeXT STEP を Mac OS X として取り込む際に,将来 Mac OS X を Mac だけではなく家電の OS として使うことも想定していたとも言われています.これらについては真実を検証することはまず不可能です.しかし,もし今,自分たちのポジションで Jobs のように先を予見するとしたら,何をコア資産とするか?を考察する上で参考になるかもしれません.

このように Jobs は OS を橋頭堡として選んだのですが,Jobs の先見性はむしろ OS の上に載せるアプリケーションやサービスのレイヤーにあります.Jobs のデジタル家電構想により,未来を先取りした生活の中に息づくマルチメディア家電が iPod を皮切りに次々と創造されていきます.これらは OS のレイヤーだけを見ているのでは,けっして生み出せないしろものです.OS のあるべき姿を,OS 以外のレイヤーの将来像を考察することにより創造したのです.

もし日本メーカーの中で Apple に対抗するとしたら,よく名前が挙がるのは Sony でしょう.Sony には Jobs 率いる Apple を封じ込める可能性はなかったのでしょうか?

私はあり得たと考えます.鍵となるのはプレイステーションです.

プレイステーションの登場は1994年のことでした.私は当時の興奮を今でも覚えています.ちょっと前のスーパーコンピューターと同じスペックが,ゲーム機に惜しみなく投入されているのですから.プレイステーションが繰り出す映像や音響は,それまでのスーパーファミコンとは別次元のものでした.これは革命的といって過言ではありません.

しかしその後プレイステーションが進化するにつれて,初期の衝撃はどんどん薄れていくように感じられました.私が感じたのは,プレイステーションシリーズがもたらす新しいゲーム,新しい生活が,それほど革命的なものではない,今までの延長線上にすぎない,想像が容易につくものだということです.

今にして思えば,プレイステーション3で打ち出した Cell を中心とする情報家電への展開の構想は,もっと前にプレイステーション2の時代に行うか,あるいはプレイステーションポータブルを中心に据えるべきでした.そして Cell プロセッサそのものへの投資よりは,ソフトウェアとくに OS や基本アプリケーションへの投資を中心にするべきでした.おそらくプレイステーションでの成功体験が強すぎて,それまでの延長線上でしか思考していなかったのでしょう.だから,プレイステーション3がもたらした新しい生活は,革命的でない,今までの延長線上のものだったのです.

Cell に関して言えば,ゲーム機からの要求・制約と,家電からの要求・制約の両方を満たそうとするあまり,どちらにも中途半端なものになったのではないでしょうか.そのため,ゲーム機は任天堂の Wii にかなわず,家電は Apple にかなわずという結果でした.

任天堂も Apple も共通項として,ハードウェアスペックでは勝負せず,それぞれのサービスがどうあるべきか?を真剣に追求して勝利をつかんだのは,私にとって大変興味深いことです.少なくとも今の時代は,サービスとか価値とかを真正面から捉えないと勝利はおぼつかないのかもしれません.



(社)トロン協会 ITRON専門委員会, Introduction to the ITRON Project - Open Real-Time Operating System Standards for Embedded Systems -. http://www.ertl.jp/ITRON/panph98/panph98-j.html#SEC4





2010年11月13日土曜日

9つの価値

現在,卒業研究のテーマを議論しながら決めているところです.その議論の過程で,私はとても重要なことに気づかされました.

それは,私にとって研究テーマは,私の理想とする価値に向かっていさえすれば,どんなテーマでもかまわないということです.だから,研究室のドメインを決めるとしたら,テーマによってではなく,価値によって決めるべきなのです.

そこで,今まで行った研究テーマ,これから取り組みたい研究テーマを思い浮かべながら,私にとって重要な価値とはどのようなものなのかを考察しました.それが次の9つの価値です.
  • 革新的なものやサービスを創る
  • みんなを Happy ! にする
  • エンドユーザーが何を欲しがっているかくみとる
  • 既成の(文理・産学・分野)超える
  • 少人数の組織で大規模なものを開発する
  • 様々な観点を統合し価値の高いものやサービスをつくる
  • 個性に合わせた長所を伸ばす教育をする
  • 上流から下流まで一貫する
  • 誰にとっても使いやすく理解しやすいモデルをつくる
これら9つの価値のうち,1つ以上の価値を目指していれば,テーマは何でもいいのではないかと今のところ思っています.もっと他にも大事な価値はあるかもしれませんが,数的にも9つくらいまでが順当だろうと思います.

今回の記事では,あえてこれら9つの価値について詳しく説明するような野暮なことはしません.また,それぞれの価値を支える基礎理論についてもいろいろ蓄積していますが,それについてはおいおい取り上げていくかもしれません.

最後に,もしこれらの9つの価値のうちのいくつかに賛同する方,ぜひ一緒に研究をしませんか? 9つの価値にも取り上げているとおり,研究室,分野,産学,文系・理系など,既成の枠を超えて取り組みたいと思います.