2015年2月25日水曜日

授業づくりはまずコンセプトづくりから〜事例に学ぶコンセプトづくり

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コンセプトがはっきりしている製品やサービスは,そうでない製品やサービスに比べて使い勝手が良いことが多いですよね。同じように授業でもコンセプトをはっきりさせると学生にとって様々な利点が生まれます。

  • 授業コンセプトをはっきりさせると 「何のために学ぶのか」をイメージしやすくなります。 これにより学習内容と学習者の関連性(ARCSモデルのR)を見出しやすくなるので,学習意欲を喚起することにつながります。
  • 選択科目のコンセプトがはっきりしていると 学生にとってその科目を選ぶか選ばないかを判断しやすいです。 これによりミスマッチを防ぐことにつながります。
  • 授業コンセプトがはっきりしていると,その授業が成功したのか失敗したのかを評価する方針も定まりやすくなります。これにより授業改善の指針も明確になり,より成功しやすくなります。
  • 授業コンセプトがはっきりしていると,授業全体に一貫性を持たせやすくなります。一貫した授業は学生の満足度を高めるのに役立ちます。
本記事では授業コンセプトをどのように考えるのかについて,事例を紹介しながら説明したいと思います。

授業コンセプトの基本構成要素

授業コンセプトにはどのような構成要素があるのでしょうか。私は次のように捉えています。
  1. 授業内容の範囲
  2. 教え方の方針やスタイル
  3. カリキュラムの中での授業の役割や位置付け
  4. どのような学生が対象なのか
  5. その学生にどうなってほしいのか
  6. 学習手段として何を使うのか
またこれらは互いに関連し合っています。とくにコンセプトに一貫性を持たせるためには,このレベルでもきちんとデザインしておく必要があります。

授業コンセプトづくりのケーススタディ〜コンピュータシステムの場合

では事例を紹介しながら授業コンセプトづくりをどのように行うのかを見ていきましょう。最初の事例はコンピュータシステムです。次のスライドのコンセプトの部分をていねいに説明します。

最初に決めたのは,カリキュラムの中での授業の役割や位置付け

コンピュータシステムのコンセプトづくりで最初に決めたのは,カリキュラムの中での授業の役割や位置付けです。
コンピュータシステムは,2013年度から施行したカリキュラムの改定でプログラミング言語処理系とオペレーティングシステムの2つの授業を統合した科目として開講することが決まりました。カリキュラム改定の議論を学科で進めていく中で,この2科目を統合しようと言い出したのは実は私です。統合する理由としては,本学の学生がプログラミング言語処理系やオペレーティングシステムを実務で開発する業務に就くことは情勢から見て稀だと判断し,2科目に渡って詳細を学習させるよりも,より普遍性の高い基礎の習得に絞り1科目に統合して,空いた時間で他の科目を学ばせるようにしたほうがベターだろうと考えたからです。
また,コンピュータシステムには,より高次な後続科目群(VLSI系/組込みシステム系/ソフトウェア工学系)への知的好奇心を喚起するというカリキュラム上の役割も期待されていました。

2番目に決めたのは,どのような学生が対象なのかと学生にどうなってほしいのか

次に決めたのは,本学の学生の現状を踏まえて,どのような学生が対象なのかとその学生にどうなってほしいのかを決めました。
北九州市立大学のポジションは,古くから地域に根ざした公立大学です。入学試験の偏差値はちょうど平均値(50)前後で,センター試験も一通り課すことから,良くも悪くも得意不得意がはっきり分化していない平均的な学生が多いのが特徴の1つです。
このような特徴のない学生は現行の就職活動では不利です。そのため,学生たちが自分の得意なことを見出してほしいという思いがあります。
入学前のプログラミング経験についてアンケートを毎年実施していますが,高校以前からプログラミングを行っていたという学生は1学年70名の中で1〜5名程度であることが多いです。ほとんどの学生は大学に入学して初めてプログラミングを経験します。
一方で,今までの卒業生に目を向けると,情報学科出身なのにプログラミングが苦手,さらには嫌いになって卒業する学生も少なからず存在します。こういうプログラミング苦手意識を克服してあげたいという思いもあります。
そしてコンピュータや情報に関連する技術や社会環境は急速に進化しています。一旦学んだら終わりではなく,常に学び続ける姿勢が必要です。学生たちに自ら学ぶ力を習得させたいという思いもあります。
技術や社会環境は急速に進化するので,陳腐化も早くなってしまいます.そのような状況では,一旦学んだら終わりではなく,常に学び続ける姿勢を身につけることが求められます.また,整備された教材が常に用意されているとは限りません.適切な指導者もいないかもしれません.いつかは独り立ちしなければならない,それが宿命です.私たちは,教材がなく指導者がいない状態でも,自力で学び続けることができるように学生を育て上げます.
もちろん授業で学ぶ知識も大事ですが,それ以上に強い知的好奇心と学習意欲を持ってほしいという思いもあります。この思いは前述のカリキュラム上求められる役割と合致します。

3番目に決めたのは,学習手段として何を使うのか

コンピュータシステムの前身の1つであるプログラミング言語処理系の授業は,私が担当していました。プログラミング言語処理系は私が初めて15週分の全ての授業を新規開講した科目であり,教材設計マニュアルを見ながらインストラクショナル・デザインに取り組んだ最初の授業でもあります。教材設計マニュアルに書かれていることを「真に受けて」講義をせず自習教材で全て完結するようにしました。当然のことながら,プログラミング言語処理系の自習教材を資産として有効に再利用しようと考えていました。
また,学習環境として大学が Moodle という学習管理システム(LMS)を用意しており,学生たちは学習管理システムを使っての授業に慣れていました。私は Moodle に飽き足らず,独自に Canvas という学習管理システムを試験的に導入していましたので,コンピュータシステムでも既にある Canvas を利用しようと考えました。
教室としては PC を使える演習室や,電子回路実験のための広い作業卓のある教室などがあり,授業の特性に合わせてこれらを使い分けることができました。後者はグループワークにも適していることを経験していました。
学生たちのほぼ全員が入学を機に自分用のPCやスマートフォンを所有しており,自宅やモバイルのインターネット環境も持っています。

4番目に決めたのは,教え方の方針やスタイル

まとめるとコンピュータシステムでは次の条件が整っていました。
  • 自ら学ぶ力を習得させたいという思いが強い
  • 大学と自宅両方で十分なICT環境が整っている
  • 学習管理システムを前提にできる
  • 自習用の教材資産もある程度保有している
以上から,アクティブ・ラーニングや反転授業を全面的に導入する方針を決めたのは自然なことでした。さらに,私には既に別の授業でアクティブ・ラーニングや反転授業を導入した経験もあることも後押ししました。

最後に決めたのは,授業内容の範囲

授業内容を基礎に絞ることは,カリキュラム上求められていただけでなく,深く学ばせるのに適するが講義よりも学習時間が多くかかるアクティブ・ラーニングの特性からも必要な施策でした。
一方でコンピュータの動作原理について直観的に理解させることを最初の授業内容として加えることにしました。理由はコンピュータの動作原理の理解が,プログラミング言語処理系やオペレーティングシステムの原理を理解するのに役立つからだけではありません。プログラミングが苦手な学生を観察すると,コンピュータがプログラムをどのように実行するのかが思い描けていないためデバッグに支障をきたしている光景が多く見られたので,コンピュータの動作原理を直観的に理解させることでプログラミング苦手意識の克服にもつながると考えたからでもあります。
これらの考察を踏まえ,コンピュータシステムの授業内容の範囲を絞り込みました。

まとめ

本記事では,授業コンセプトをどのように決めていくか,コンピュータシステムの事例を交えながら説明しました。コンセプトを明確化したことで,授業の設計や評価の方針がぶれなくなることを今後の別記事で紹介していこうと思います。ご期待ください。

「魂は隅々まで宿らせるべきである」は,授業についても言えることです。インストラクショナル・デザインは教育に魂を込めるための技術だと思います。

コメント等は以下にお願いします。

2015年2月11日水曜日

何ができたら「問題解決」したことになるのか〜ガニェの教えからの考察

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「問題解決能力を育みたい!」 教育者のみならず,保護者の方,新人社員を指導する立場の方も,そして文部科学省も,生徒や学生の問題解決能力を育成したいと考えています。そもそも何ができたら「問題解決」したことになるのでしょうか。 今回はこの問題について考えていきましょう。
インストラクショナル・デザイン理論の生みの親の一人,ガニェ(Robert M. Gagne)が提唱した学習成果の5分類は,学習目標を次の5つに大別しています。
  • 言語情報(verbal information)
  • 知的技能(intellectual skills)
  • 認知的方略(cognitive strategies)
  • 態度(attitudes)
  • 運動技能(motor skills)
これらのうち問題解決に主に関わるのは知的技能と認知的方略です。
知的技能についてはさらに次の下位分類があります。番号が大きくなるにしたがって高次な学習目標になります。最も高次な学習目標は問題解決です。
  1. 弁別(discrimination)
  2. 具体的概念(concrete concept)
  3. 定義された概念(defined concept)
  4. ルールと原理(rule and principle)
  5. 問題解決 (problem-solving)
認知的方略については,普通の認知的方略の他に問題解決方略(problem-solving strategy)があります。問題解決と問題解決方略の違いについては後述します。
さて,ガニェは問題解決の本質は何だと考えているのでしょうか。それを読み解くために,問題解決の一つ下の段階であるルールと原理から考えてみましょう。ルールと原理の知的技能の代表例として「1桁の自然数の掛け算」があります。これは,与えられた2つの数(たとえば2と3)に対して「九九」という法則にあてはめて(この例では「にさんがろく」),適切な解(この例では6)を導きだします。一般化すると,与えられた問題に対し題意に沿った法則をあてはめて解を導き出すことがルールと原理の知的技能だというわけです。
もしここで,学習者自らが,観察を続けたり数々の試行を経たりしながら,ある法則を見出したとしたらどうでしょう。これこそ問題解決そのものではないでしょうか。ガニェはまさにそう考えたのです。
そこで,ガニェは問題解決を表す行為動詞として generate と表現しました。直訳は「生成する」ですが,何を生成するのかというと問題を解決する規則を「生成する」ということなんです。
私は「生成する」に代わる問題解決のよりふさわしい行為動詞の訳語として「編み出す」を提案します。問題を解決する新しいやり方を編み出すことが問題解決の本質なのです。
一方,問題解決方略は何でしょう? 認知的方略は一言で言うと「学び方を学ぶ」能力です。言い換えれば,いったん学習のコツをつかんだときに,そのコツを他の問題に応用する力です。もし,ある未知の問題を解決するにあたって,全く別の問題を解決するのに役立つ解決方法をいくつかあてはめたら解決できたとしましょう。それこそが問題解決方略です。
まとめると問題解決と問題解決方略の違いは次の通りです。
  • 問題解決(知的技能): 初見の問題に対し,その解決に必要な新たな法則を編み出す能力
  • 問題解決方略(認知的方略): 初見の問題に対し,既知の方略をいくつか適用して解決する能力
これらは別個の能力だというよりも,問題解決能力を知的技能/認知的方略というそれぞれ別の観点から説明したものだと言えそうです。

ある程度インストラクショナル・デザインの経験を積んだ後に,この本を読むととても深い示唆が得られます。また,授業実践を論文にするときには,この本を辞書代わりにして原著と照らし合わせながら執筆するといいですよ。



質問等は Facebook ,Twitter または右下の「この記事の感想を送る」へどうぞ。

反転授業の研究でも議論がありました。


2015年2月6日金曜日

学習意欲に火をつけよう! 〜ARCS モデル

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一口に学習意欲に火をつけるといっても,何が原因で学習意欲を損ねているのかによって,対処方法を変える必要があります。 
ARCS モデルは学習意欲の4つの類型を表すモデルです。 
  • A: 注意 Attention 目新しいことには学習意欲が湧く
  • R: 関連性 Relevance 自分の身近なことや将来に関連づけられると学習意欲が湧く
  • C: 自信 Confidence やってみてできるようになったことは自信がついて学習意欲が湧く
  • S: 満足 Satisfaction やって満足したことは次もやってみようと思い学習意欲が湧く
ARCS モデルについて学びたい方は,まず次の教材をお試しください。〜さあ ARCS モデルを学ぼう!
大事なことは,どの点で学習意欲が湧かないのかを見極めることです。やみくもにARCSモデルの4つ全ての学習意欲を高めようとするのはやり過ぎです。それを常態化してしまうと,より強い刺激を受けないと意欲を感じなくなってしまいますからね。 
学習者が ARCS どれを刺激するといいかを見極めるにはアンケートを用いるのが一般的です。
さらに ARCS モデルについて深く学びたいとき,さらにどう授業づくりに活かせばいいか知りたいときには 
学習意欲に関する Facebook グループが立ち上がりました 〜学習意欲に火をつけるコンテンツ紹介
学習意欲についてお悩みの方はご相談ください。Facebook, Twitter だけでなく,右下の「この記事の感想を送る」からも質問を受け付けています。

Q&A

Q1

Q. ARCSモデルでの質問です。個別、もしくは少人数であればどの点かを見極めるのは可能だとは思いますが、多人数の講義形式では学生間の理解度・習熟度や興味関心の差から、うまくどの点か1つに絞れないかもしれません。そういう場合にはどうすれば良いのでしょうか? 〜Twitter
A. 単純に一番大きい要因から手を打てば良いんじゃないでしょうか。授業のどの部分に問題があるかの分析と合わせて行えば,どういう手を打つべきかは絞れると思います。

Q2

Q. 最近、会社の新人教育を担当しています。 仕事をする上で(ある意味義務的に)必要とされるスキルを、いかに興味を持たせて教えるかにすごく難しさを感じています。 Attentionをクリアするための、山崎先生のコツ・技みたいなものってお持ちですか? 〜Facebook
A. まず「本当に Attention(注意)が問題なんですか?」という疑問があります。仕事で必要なスキルであれば,Relevance(関連性) すなわち学習者の仕事に直結することを訴えれば動機付けできるかと思うのですが,どうなんでしょうか?
さて,新人が Attention を求めているという状況だということは,新人はずっと研修漬け,とくに座学ばかりなんじゃないかと想像します。 ならば,そもそもそういう状況を改善する必要があると思います。座学で研修するのではなく,演習を主体にしてみるとか,たとえば PBL(Project-Based Learning) つまり何かのプロジェクトを遂行する中で学ばせるような研修にしてみるとか,そんなところじゃないでしょうか。
演習主体の研修にするならば,教材設計マニュアルを参考にするといいです。
どうしても座学で Attention を刺激したいというのであれば,変化させるのが基本です。たとえば,参加意識を高める意味も込めて,問いを投げかけて挙手させる,発言させるという手はどうでしょう。

Q3

Q. 何が「学習意欲」何だろう? 「学習」自体が目的なのだろうか? 会社で、例えば「オブジェクト指向」だったり「テスト駆動」だったりを調べたりすることに興味が特に無いって人でも、その人がやっているゲームの攻略なんかには、自分で色々とトライしたり、ネットで調べたり、攻略本まで買ったりする訳で。果たして彼は、何に学習意欲が高くて、何に学習意欲が低いと言うのか。 私の興味の方向としては、同じ技術を習得するなら修得コストを下げることとか、その技術自体に興味を持って貰うにはどうしたら良いのかということに有ります。 会社の中なんかでは、そこでの仕事に役立つ事項に対する学習意欲が低いということは、その仕事自体への興味が低いということで、学習意欲とは別なのかもと思う今日この頃です。 〜Facebook
A. おっしゃるように学習意欲には次の2つの側面があるように思います。
  • 学習の対象に対する関心・意欲
  • 学習スキル,学習そのものへの関心・意欲
例に挙がっている人は,前者は低いが後者は高い例だと考えられます。また,前者は技術自体に興味を持ってもらうことに,後者は修得コストを下げることにつながります。ARCS のうちの特に関連性は「学習の対象に対する関心・意欲」を扱っています。ARCS の他の要素は,前者・後者両方の可能性がありますね。
後者についてインストラクショナル・デザインでは,ARCSモデルのような学習意欲の問題として捉えるよりは,認知的方略(学び方)の問題として捉えるのが一般的みたいです。認知的方略と学習意欲の関係について研究してみると面白いかもしれませんね。

過去の発言

この記事は次の過去の発言をもとに再構成しました。